城崎温泉とは城崎温泉は兵庫県豊岡市城崎町(旧国但馬国)にある温泉。 城崎温泉は平安時代から知られている温泉で1300年の歴史をもつ。 江戸時代には『海内第一泉(かいだいだいいちせん)』と呼ばれていて、今もその碑が残る。 城崎温泉へのアクセス城崎温泉へはJR山陰本線城崎温泉駅下車すぐ。城崎へは大阪と京都から特急電車が頻繁に走っている。 城崎温泉からやや離れたところに但馬空港がある。 大阪より飛来する1日2便の飛行機の発着に合わせて、全但バスが所要45分で城崎温泉まで走る。 また、全但バスが大阪と神戸(兵庫県庁前)より城崎温泉行き高速バスを1日2往復づつ走らせている。 冬は山陰名物松葉ガニ(ズワイガニ)の料理を組み入れたツアーが設定されている。 城崎温泉の温泉街城崎温泉基本的に外湯めぐりが主体の温泉。 城崎温泉の外湯は、「鴻の湯」・「まんだら湯」・「御所の湯」・「一の湯」・「地蔵湯」・「柳湯」・「さとの湯」 の7箇所。 一の湯は江戸時代『新湯(あらゆ)』と呼ばれていたが、医師香川修徳が泉質を絶賛し、 『海内一』(=日本一)の意味を込めて一の湯に改名した。 城崎温泉駅前から7つの外湯につながる川沿いが温泉街を形成し、川べりの柳が風情あるものである。 知名度と京阪神からのアクセスの良さにもかかわらず、歓楽色の少ない静かな情緒が特徴である。 城崎温泉は、夏は海水浴、冬はカニ料理に人気がある。 城崎温泉駅にもさとの湯(駅舎にある温泉)や足湯、飲泉場がある。足湯や飲泉場が城崎温泉街各所にある。 玄武岩の語源となった玄武洞(国指定天然記念物)という洞窟が 、円山川を挟んだ対岸にある、車でもいけるが、船が通っている(渡船のりばへはJR[玄武洞駅]下車徒歩すぐ)。 城崎マリンワールドは、日和山にある屋外型の水族館で「感じる水族館」と自称している。 ホテル金波楼を含む日和山観光株式会社は、かに道楽(JRI株式会社かに道楽)のグループ会社である。 大阪などのかに道楽へは、ここからかにが運ばれているとされる。 かにが水揚げされる漁港である津居山(ついやま)港も豊岡市にある。 城崎温泉では浴衣を着て下駄を履くのが正装と言われている。 城崎温泉街には「ゆかたご意見番」という掲示をした店が多く、浴衣が着崩れたりした時に対応する。 浴衣の模様で旅館が分かるとその旅館の下駄を差し出す下足番もいる。 色鮮やかな浴衣を貸し出す旅館が城崎温泉に多い。 城崎温泉の歴史舒明天皇(在位629年〜641年)の時代に、コウノトリが傷を癒した伝説がある。 養老元年717年から養老四年720年、道智上人が千日の修行を行った末に湧出したことが城崎温泉のはじまり。(現在のまんだら湯)道智上人は温泉寺開山でもある。 城崎温泉は江戸時代の温泉番付によると西の関脇(最高位は大関)にランクされる。 城崎温泉は明治以後も文人墨客に愛され、『城の崎にて』を書いた志賀直哉をはじめとする多数の文豪が来訪。 昭和38年に温泉街と大師山山頂を結ぶ城崎ロープウェイが開通 城崎を訪れた文人たち有島武郎、泉鏡花、京極杞陽、斎藤茂吉、志賀直哉、白鳥省吾、柴野栗山、司馬遼太郎、島崎藤村、沢庵、田中冬二、徳富蘇峰、山口誓子、吉井勇、徳富蘆花、富田砕花、日野草城、藤原兼輔、前川佐美雄、向井去来、、柳田國男、吉田兼好、与謝野晶子、与謝野寛
ホテル・ルワンダ プレミアム・エディション
人が人として必要なものは何か?
世界から忘れ去られそうになったこの事件が、映画という形で大勢の人に認知されることになったことは意義深いものがある。しかも内容は非常に質が高く出演者、特に主役のドン・チードルの演技が素晴らしい。事件を知らない人達には難しそうな印象があるかもしれないけど、難解な政治話やわざとらしいメッセージ性もないのであまり構えずに素直に見て感じて欲しい。この映画で何を得たか、というのも大事だけどこういう虐殺があったんだ、という事実を知るだけでも意味あります。ルワンダだけではなく今もアフリカには内戦で苦しんでる人達が沢山いる。
人は、どうして他と区別したがるのでしょう。フツ族とツチ族。肌の色が少し黒いか、白いか?鼻の形が・・・。映画でホアキン・フェニックスが隣に座っていた女性に聞くシーンがあります。でも、どう見てもよく分からない「違い」です。でも、その区別が生死を分けます。
ルワンダの内戦。私たちの日常とかけ離れた世界がそこにはありました。この映画の公開を心待ちにしていたが、なかなか田舎では公開されなかったところに、勤務先の高校での上映が決定。本日、生徒たちとともにこの映画を見ました。上映中、すすり泣く声、息をのむ音、それだけが響き、見終わったあとの生徒たちはそれぞれに熱く感想を語ってくれました。今までにもいろいろな講演を聴いたり、映画を見たりしてきましたが、こんなに衝撃的な映画はありませんでした。静かに、強く、心を揺さぶられる映画。ひとりでも多くの人に、この映画を見ていただきたいと思います。そしたらきっと、何かが変わる、そう信じたくなるような映画でした。
映画の中でジャーナリスト(ホアキン・フェニックス)が「世界の人々はあの(虐殺の)映像を見て“怖いね”と言うだけでディナーを続ける」と主人公に言うシーンがあるんだけど、まさに自分もその一人。アカデミー賞ノミネートされた評判のいい映画を観たいというミーハーなものでした。
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